山口工材(株)創立50周年記念誌

1973~1982 1973 1974 1975 1976 1977 (昭和48年) (昭和49年) (昭和50年) (昭和51年) (昭和52年) 1973(昭和48年) [国] ・第1次オイルショック [県] ・関門橋が開通 ・維新百年記念公園開園 1974(昭和49年) [市] ・(財)防府スポーツセンター体育館完成 1975(昭和50年) [国] ・JR山陽新幹線岡山~博多間開通 1976(昭和51年) [県] ・大島大橋開通 1977(昭和52年)2月2日 本社を防府市八王子一丁目 12番1号に移転 1977(昭和52年)9月1日 時代の変化を先取りし、新たに 「屋根工事と内装仕上工事の 施工並びに請負」へ事業拡大 1973(昭和48年)6月6日申請、7月20日設立 松本雄彦、古松孝蔵ほか5名(7名)が発起人となり、 「石綿スレート工事の施工並びに請負」 「その他建築材料の販売」を目的とした「山口工材株式会社」を設立 代表取締役 松本雄彦 就任 本社 防府市仁井令71番地の1 1974(昭和49年)1月26日 本社を防府市国衛一丁目1番47号に移転 (昭和48年) (昭和57年) 創業者の一人、古松孝蔵は、昭和21年(1946年)、宇部市八王子にあった漁師の家の3男4女の末っ子として誕生した。 戦後間もない時代で、当然ながら貧乏で着るものは全て兄のお古、靴はなく、草履(ぞうり)や裸足で、夜遅くまで遊びま わっていた。 貧乏で悲しいとか苦しいとか全くない、みんなが同じ境遇だった。遊び相手に事欠くことはなく、近くにあった岬小学校への 行き帰りも遊びが最優先。海や川、畑や森、空き地などどこでも遊べた。町内には、同級生が50人くらいいた。 昭和50年の天神通り商店街 昭和50年、現在のマツダ防府工場 西浦地区の 前身の塩田跡地 創業2年目の現:古松孝蔵相談役 YAMAGUCHI KOUZAI 08

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